ceciliaのブログ

小さなつぶやき!

親友の話。

ブログを書く日にちがしばし空いてしまった。

今日は親友Mの話をしたいと思う。

 

このところ、良く電話をもらう。私の健康状態と今後の人生の送り方を心配してくれているからだと思う。毎回長電話になってしまう。

 

Mとは大学のヨット部で一緒だった。新潟出身の彼女だが優秀だったからと思うが高校は東京の叔母宅に居候し、都立三田高校に通ったとのこと。大学でも難しいドイツ語学部に在籍していた。

ヨット部も彼女は4年間続けた。私は1年足らずで退部。そんなことからもお互いの人生の分岐点がこのころからあったのかも知れない。

夏には、千葉県館山市の鏡ケ浦でヨット部の合宿が長期間あった。夜になるとよく二人で合宿所を抜け出し、海岸で語り合ったものだった。私はワイルド・ワンズの『思い出の渚』を唄い、彼女は好きな先輩の話をしていた。思いはそれぞれであったが、そこに私たちがいて、海風を受けて髪をなびかせながらあの時私と彼女が存在していた・・・19歳の青春だったのだと今、回想する。

 

卒業後も私が彼女の住む神戸に会いに行ったり、彼女が東京に来てからは世田谷まで訪ねていって、ランチを長々と時間かけてしたものだった。

 

今はコロナで会えないが、いつも私を気遣ってくれる親友だ。彼女の方が大きな病気を抱えているのに、人生は85歳くらいまであると考えている人で、その点私は見習わなくてはと思う。

 

ご主人の転勤でパラグアイに住んだ経験もある。しかし、夫の帰宅時間が遅く事故を心配するあまり、パニック障害となり、今も薬を服用しているとか。

 

二人にはお子さんがいないので、文鳥を家族同然に可愛がっているとのこと。

 

昨日の電話では、私の(再就職)面接の話を聞いてくれて、励ましてもくれた。しかし、彼女のご主人との不協和音には私は何も励ます言葉がみつからなかった。

 

夫に仕え主婦として生きてきて、家庭内で話すこともない(らしい)夫婦像。片や、とっくに離婚し自由に生きてきた結果、「蟻とキリギリス」のキリギリス状態の私。

いつも励まして心配してくれるのは彼女の方だ。私の話の聞き役をいつも買って出てくれている。

 

こんな二人。彼女はいつまでも心の支えであってほしい。私も彼女の心の支えになりたいと思う。

 

コロナ禍が去ったら一番に会いに行こう!